028.プレゼント 崩れる鉄壁 「…またですか。」 玄関先で、張遼は呆れた顔をして腕を組んだ。 目の前の荷車には、贈り物と一目でわかる華麗な組み紐で封された木箱がこれでもかといくつも積まれていて、その横には夏候惇が立っている。 「…しょうがないだろ、孟徳に持って行けと言われたんだ。」 呂布軍から魏軍へと降った張遼に、曹操はなにくれとなく、というかむやみやたらと物を贈っている。 最初は、傷心の張遼の気を慰めるため。 そして、転身したばかりの張遼の心をがっちり魏に掴むため。 それから、住み替えた張遼が不自由なく暮らせるように。 今では、もう何のためなのやら。 そんな調子で、3日と開けずに荷車がでる。 しかもほぼ毎度、使者は夏候惇だ。 最初は大人しく受け取っていた張遼だったが、最近では受け取らせるのが段々と困難になってきていて、いつも夏候惇に苦手な説得を求める。 今日も張遼は綺麗につり上がった目で夏候惇を見据えて薄い唇から慇懃なほど丁寧な口調でお断りする。 「何度も申し上げておりますように、私はもう魏軍の将として生き通す覚悟を決めております。今更気を引いていただく必要は皆無ですし、お給金も十分頂いておりますので生活は成り立ちます。 大体、特別に何かを拝領つかまつる際は戦功を立てた時と決まっておりましょう。武将としてけじめはつけたく存じます。第一私ばかりこのような厚遇を受けたのでは古参の皆様に申し訳が立ちません。」 「アレは人に物をやるのが好きなんだ。ケチケチした主君じゃないことを喜んどけばいいじゃないか。」 張遼も今日こそは連鎖を止めようときっぱり宣言するが、夏候惇もアッサリとした言葉で応える。引く気はない。 受け取る側からすれば命を救われ邸宅と馬と使用人まで与えられた時点で破格の待遇であったのに、これ以上甘やかされるわけにはいかない、という気があるのだろう。 それは夏候惇にもわかる。 「正直、このままでは屋敷が下賜の品で溢れ返ってしまいそうですよ。まさか捨てるわけにも行きませんし。」 「…わかった、孟徳に伝えよう。」 張遼はお願いいたします、と頷きかけてあることに気付いて自棄がかった口調で即刻取り消した。 「いえ!今のはお忘れください!失言でございました!」 今の言葉が伝われば間違いなく一回り大きな屋敷を贈られる。 はぁあ、と張遼は大きく溜め息をついた。 「…将軍も…私の気持ちはわかっておいででしょうに何故上奏してくださらないのです。」 「お前が俺の気持ちを知っているのに受け入れてくれないからだ。」 「…。」 ばつが悪そうに張遼は黙り込んだ。 黙り込んだだけならまだしもチッという舌打ちが聞こえてきた気がして夏候惇の口角が引きつる。 「素直に受け入れろよ。どっちも。」 張遼は眉間に皺を寄せそっぽを向いている。 反撃の台詞を考えているのか無言の拒否に徹しようというのか、張遼は黙り込んだままで、家の前の通りを馬が4頭通っていくまで、二人には無言の時が流れた。 埒が明かんとばかりに夏候惇からの再攻撃。 「…ふむ、俺はお前の横顔も好きだから、じっくり眺める時間が出来て嬉しいぞ。」 カッと張遼が威嚇する猫のように毛を逆立てた。そんな錯覚が見えた。 そんな態度を取っても攻撃にも拒絶にもならんぞ、と夏候惇が悠然と腕を組むので、張遼の方がもういいまた負けた、とばかりに大きく溜め息をついて綺麗に結われた頭をがしがしと掻いた。 「あーハイハイもうわかりましたよ。贈り物確かにお受け取りさせていただきます! おい!」 屋敷の中に向かって声をかけると使用人が二人小走りに現れて、荷車を裏へと押していった。 「これで御用はお済みですね!?ご足労ありがとうございました!」 乱暴にこの場を引き揚げようと既に踵を返しながら言う形ばかりの礼に引き止める声が重なる。 「あ、おい、待て。」 暢気な声に何でしょうか、といらつきを隠しもしないで振り返った張遼の目が不機嫌も忘れて見開く。 差し出されていた緑色の風車。 ああ、そういえばさっきから手にされていたな、などと思い出す。さっきまで目には映っていてもそんなものさっぱり気にならなかったのだが。 突然何を出すのだろうと目の前の眼帯男の思考回路を推理する。即、迷宮入り。 「これ、俺から。」 「…は?」 「いや、なんとなく。」 本当に、これでちょっと意表をついて気を引こうとか、無邪気に子供っぽい感じも演出しちゃおうとか、そんなことはきっと一切考えていないのだろう。 きっと今日はいい風が吹いているから通り道の市で見かけた風車が爽快そうに回っているのが気に入って、贈ってやろうと買って、それだけ。 知性に決して欠けるわけではないのに妙なところで鈍感。武将ゆえの無骨さ、とかそういう表現にしておこう。妙に小細工を凝らしたり計算高いよりはまぁ張遼の好み側ではあるのだが。 ところが、具体的には言い表せないその意外性が見事に・妙に、張遼の何かの壷をついて。 値の張る各地の珍しい物とか古くて貴重な美術品やら稀代の匠の作の家具なんかは散々飽いて倦んで欲しくなど無くなっているのだけれど。 その風車はひどく欲しい物である気がした。 「…いただきます。」 手を伸ばすと、「お、」と夏候惇が差し出しておいて意外そうな顔をした。 |