036.任務(仕事)
うららかな午後。
曹操と夏候惇は差し向かいの文机でそれぞれの竹簡と相対していた。
が、漂う雰囲気は麗らかとは程遠い。
片や嫌気、片や怒気。
「…なんつーかマジ信じられん。
今日はウチの軍は休みだったんだぞ。
張遼のとこも休みだったんだぞ。
俺はてっきりお前が気を回してくれたのかと思ってすらいたんだぞ。」
さっきから何杯目なのか、お茶ばかりをすすって夏候惇が言う。
曹操は返事をせず自分の仕事をさくさくと進めている。
顔を出して以来とどまらぬ非難の言葉なのですっかり聞き飽きて相手するのも面倒になっている。
大体、二人のところに回ってくる竹簡は、私語しながら適当に片付けていい案件ではないはずだ。
だが夏候惇の愚痴は止まらない。
「大体、何で休日に軍で一番偉いはずの俺だけが出てきて仕事してるんだ。
下っ端を呼べもしくは副官を呼べ何のための参謀だ。」
「それはその書類が最高責任者の判がいる最終決議書だからだっつーの。」
嫌々ながら返事をしてやるが、一応夏候惇にもそれくらいのことはわかっている。
「早く出て行きたいなら無駄口ばかり叩いてないでさっさと終わらせたらどうなんだ。」
「昼前にそうしようとしていた俺に向かって「そっちが終わったら儂の分も手伝え」と言ったのはどの口だったか。」
「・・・。」
言葉に詰まった曹操など意に介さず夏候惇は窓の向こうの青空を見上げる。
今頃は張遼と遠乗りか市場見物か、していたはずなのに。
「あーちょーりょー…」
終いには筆を投げ捨て机に突っ伏した。
筆は床に落下してさらに転がり、びたびたと墨の跡を残す。
さすがの曹操も呆れ返って筆を止めた。
「お前ちょっとは国のため民草のため身を削って働いてやろうという気はないのか。」
「それお前だけには絶対言われたくねぇ。」
国盗りだろうが覇道だろうか、どこかの貧乏と違って優先順位の一位を民にしたことなど皆無のくせに。
まぁ、見え透いた大義など掲げなくとも、野心の結果に平和な世がついてくれば、それはそれでいいと思う。
が、それとこれとは別問題だ。
「あーマジ信じらんねー。」
本日一体何度目なのか、夏候惇はそう呟いた。
仕事が進む気配は一向に無い。
「だいたいなぁ、張遼はお前が妾を手に入れるのとは違うんだぞ。
男なんだぞ。しかも文武両方に秀でてて、騎馬隊を操らせれば中華一の猛将だぞ。
手に入れるのもやっとだっつーのに、手に入れた後留め置くのがどんなに大変かわかるか?
場を和まそうとか思ってお前お得意の娼館のおねーちゃんにウケる系の冗談でも言ってみろ?
気に入らなかったら笑顔で背骨折られるぞ。
いや、アレは笑顔の威力で背骨が折れるな。」
それってどんな笑顔だ。
「大体気難しいし、真面目で実はすぐキレるくせに表情変わんねーから地雷が爆発するまで踏んだことに中々気付けねーんだよ。
かといってアイツ自分のご機嫌伺うようなちっちぇえ男は嫌いだしよ。
俺のこと憎からず思ってくれてんのはわかんだけど、物に釣られるなんて単純なところもないし甘い言葉にもほだされないし、
てーか気障な台詞とか俺が無理。
酒の勢い借りようと思ってもアイツ酒飲むと昔思い出して暗くなるから絡みづらいんだよ。
一体どーやって進展すればいいのかほんとわかんねーよ。
俺ぁアイツがさっぱりわかんねーよ!
……でもさぁ、やっぱキレーな顔してて、怒ってようが笑ってようが可愛いんだよ。
生き方一生懸命でけなげなんだよ。
アバラの一本くらい折られても好きだーって思うんだよ。」
嗚呼。愛しい愛しい張遼よ。
突っ伏したまま一息にしゃべり続ける夏候惇の頭頂部を見つめ続けていた曹操は、こらえきれずしみじみ呟いた。
「…なんだかお前が可哀想になってきたわい。」
「じゃあ帰っていい?」
こんな口調とかどうですか。たまにはとことん情けない将軍を。(たまには?)
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