040.緊張 @直立(正面) 貴方に憧れ貴方の軍に志願した。 私のいまだかつて知る中で、間違いなく最強の男。 近付いてみて思う、私はこの人しか知らないけれど、この武力この雄姿この覇気、この世にこの人を超える人などいるのだろうか。 「お前か、新しく菫卓のところから来たというのは。」 呂布どのに面通りが許されて、初めて言葉を頂いた。 はっ、と短く応えて背を反るほどにピンと伸ばした。 「俺の軍は最強の武を有する最強の軍だ。弱卒は要らぬ、死ぬ気で戦え。」 ああ、呂布どのだ、本物だ。憧れの。 たかが私の前で武を口にしてくださる。 感動で涙目になるのを感じながら「気を付け」のまま答えた。 「はい、少しでも呂布どのの武に近付けるよう、日々精進致します!」 呂布殿は少しだけ驚いたように目を見開いて、少し間を空けて。 「…お前のような奴が菫卓の下にいたとはな。名は何と言う?」 そう言って口の端を吊り上げた。 ああ、興奮する。 私の後ろで、私を案内してきた古参の将が、びっくりした顔をしていた。 新入りの名前を聞くなんて、と。 → A脚を組む 長い脚を組んで、退屈そうに菫卓様からの使者の話を聞いている。 呂布どのはご自分の戦以外の話は大抵お嫌いだ。 主君からの使者だというのに、豪胆でいらっしゃる。 「…以上でございます。ご留意くださいますよう、よろしくお願いいたします。」 膝をついて口上を述べていた使者が深々と一礼して、とかく指示を無視しがちな呂布どのに念を押す。 すると、副官でもないのに何故か同席を命じられていた私に、呂布どのが顔を向けた。 「張遼、聞いたか?」 「は、確かに。」 相変わらず不思議に思いながらも頷いた。 するととんでもないことを言い出した。 「ならいい。俺は内容など覚えていられんが、お前が聞いたのならお前は覚えているな。 菫卓には確かに聞いた、と伝えろ。下がっていいぞ。」 使者も私も、あっけにとられてこの場の主を見返した。 使者がコイツは何者だ、と私を睨んでいる。 私だって、意味がわかりません。 → B寝そべる とてもよい天気の日だった。 私は兵舎の裏庭で兵法書を読んでいた。 まだ戦功など幾ばくも無いけれど、私たちは士官候補生というような者たち数人でひとつの邸宅をもらっていて、下級兵が詰め込まれる兵舎とは違って庭らしい庭すらあったのだ。 めったにない休日で、みな市や飲食店(酒場だ)へ出かけていて、あたりはしんとしていて心地よかった。 木の根元に腰を下ろし、涼しい風を受けながら書を読む。 武人にとってこれほどの贅沢は無いだろう、などと自分を武人と呼んでみたりして、うっとりしていた。 あまりの心地よさに、眠ってしまうほど。 ふと気配を感じて目を開けると、呂布どのがしゃがみ込んで私を覗き込んでいた。特に機嫌が悪そうでもない、ただ観察しているような顔だ。 私はゆめうつつでただ名を呼んだ。 「…呂布どの?」 はて。なぜ呂布どのが。 「やっと起きたか。」 そのセリフで覚醒した。 「……は!申し訳ありません!」 何と言うぶざまな! あるじの前で寝こけるなど! 誰かの接近にも気付かぬほど気を緩めていたなんて、いくら平時の、休日とはいえ、だらしなさ過ぎやしないか。 だが呂布どのは不機嫌な様子は無い。むしろいつもの眉間のしわが無く、険の取れたご様子だ。 立ち上がろうとする私を手で制す。 「いい。そのままで構わん。」 「は…、」 ということは立ち上がってはいけないのか、と考え直してその場に座りなおす。 恥で己の顔が赤くなっているのを感じる。 情けない姿を見られてしまった。よりによって、呂布どのに。 私にとってこの人は武神ともいえる存在になっていたので、もうばつの悪い気持ちでいっぱいだった。 呂布どのは相変わらずしゃがみ込んだ姿で私の横顔を見ている。 こちらからなんと言えばいいのかわからず、向こうからも何も言っては下さらない。 私は目を合わせるどころか体だけでも相対することもできず、呂布どのに右半身を晒してじっと俯いていた。 視界の端に呂布どのが映っている。 呂布どのは、膝をついた。 呂布どのが、手を伸ばす。 呂布どのが、私を引き寄せた。 → C抱きしめる …は? 何が起こったかわからず瞬きを四回した。 → Dアクション 「りょ…ふ、どの?りょふどの…?」 呂布どのが、耳元で言う。 「お前、俺のものになれ。」 → Eジャンプ 心臓が飛び跳ねた。 → F全力疾走 気付いたら逃げ出していた。 あの人の剛腕をどうやって振りほどいたのか無我夢中で記憶がないが、「お前…!おい!」という怒気のこもった声が後ろから飛んできていたのは覚えている。 どうしよう、いや、どうなっているんだ。 こんなに混乱するのは初めてだ。 とりあえず、今は退避だ、戦術的撤退だ、戦略を練るための時間稼ぎが必要だ。 戦略って何だ、「思考をまとめるための」だろう。ああもう相当混乱している。 走って走って街を突っ切って城壁の外の森までたどり着いちゃって、大きな樫の木の根元に転ぶようにうずくまった。 呼吸がまとまらなくて汗が滴る。 過剰なマラソンで顔は赤いし熱いし、顔だけじゃなく体が熱いし、酸素が足りなくて胸が苦しい。 よく考えてみればあの人の方が足が速いのだから、追いかけられていたら間違いなく捕まっていたのだ。 逃げれたのではなく逃がしてもらったのだろう。 考える時間をくれたということ? 考え…って、考えるって、思い出すだけでも頭がパンクしそうなのに考える余裕なんてあるものか! ああ気付いてるよ、顔が赤いのも体が熱いのも胸が苦しいのも、全力疾走したせいだけじゃないってことには! → G頬杖をつく できるだけあの人に会わないようにコソコソと自室に戻ってきて、私は頬杖をついたまま何度目かの溜め息をついた。 自分の椅子に腰を下ろしてやっとひと心地つく。 まさか、そんな風にあの人に思われていたなんて。 本当にあの人の考えることはさっぱり読めないな。 そう思うと、いつの間にか口元に笑みが浮かんでいた。 本当に、わからなかった。 自分はそう鈍い方ではないと思っていたけれど、あの人が、あの唯我独尊なあの人がまさか私を顧みていてくれたなんて。 あの人も、悩んだりしたのだろうか。 告げるべきかとか、触れてもいいのか、とか。 普通の人のようなあの人を想像してみたけれど、さっぱりうまくいかなかった。 私の中でやはり呂布どのは大きくて強くて手の届かない存在なのだ。 けれど、今、私は何かをわかりかけた気がする。 何をうだうだしているのだろう。私は、あの人についていくと決めたのに。 私は決心して立ち上がった。 掴みかけた「何か」を手に入れたかった。 → H膝を抱える 結局。 私にはどうすることもできない、というのが到達した答えだった。 だって私はあの人の部下で、そうでなくてもあの人は欲しいものは何でも力ずくで手に入れてしまう人だから、抵抗なんて無意味なことなのだ。 否、最初から私はあの人に抵抗などするわけがないのだ。 だってあの人は私の憧れの武神なのだから。 きっと困惑はしても、嫌悪などしないだろう。 あの人に望まれてしまえば、私は小姓にだって女にだってなってしまうに違いない。 相当に不健全で気持ちの悪いことを言っている自覚はあるが、事実なのでどうしようもない。 …ということを私は呂布どのの部屋の隅で膝を抱えながら考えていた。 腹を決めて乗り込んだ呂布どのの屋敷に主は不在だった。 待たせてくれと頼んだ頃は空が茜色だったが、そろそろ灯りがないと物の判別が難しくなりそうだ。 長い時間一人で待たされているとどんどんと思考が深みにはまりこんでいってしまい、これからどうされてしまうのだろうとか物理的な心配までこみ上げてきて、じりじりと部屋の隅に勝手に追い詰められたのだ。 遠くから怒声が聞こえてきた。 同時に、近づいてくる重たい足音。 「阿呆が!来ているなら来ているとなぜ知らせぬ!」 「さ、探されているとは存じませんでしたので…」 「死ね!無能!」 気の毒な召使いの泣きそうな声と小走りな足音。それと大股の叩きつけるような足音。 足音が、近づいてくる。 それが迫り来るにつれて私は何故か心が凪いでいくのを感じていた。腹が据わるというべきだろうか。 あの人が、私を求めている。 この時私は心配も恐怖も困惑もしていたけど、間違いなく嬉しかったのだ。 いつか、荒ぶる神のようなあの人を「愛しい」と思える日が来るのだろうか。 がたぁん! 目の前のドアが、吹き飛ぶように、開いた。 → I直立(側方) そして今。 貴方の隣りがもうすっかり私の指定席になっている。 これは小姓としてではなくて次官の将軍としてだ。これほど名誉なことはない。 貴方に次ぐ武を得たということ。目標を達成したということになるだろうか。 側にいてみれば貴方の君主としての(ついでに武人としての)問題点が色々見えてきて、傷付いたり苦しんだりもするのだけれど。 そしてあの時の混乱し果てた初々しい私はどこへ行ってしまったのか、尻を触られればこちらからキスに行くし、のしかかられれば脚を開くようになってしまったのだけれど。 ああ、こんなにも貴方の横に立っていられることは幸福だ。 「やっと俺の出番が回ってきたか。」 戦場と敵を見つめて貴方が呟く。 「ようやく呂布どのが出るに価値のある戦況になって参りましたな。」 呂布どのが私を見返す。弱卒ならそれだけで失神してしまいそうな裂帛の眼光。 だがそれが機嫌を損ねて睨んだのではなく、今の彼にすると静かに見返しただけだということを私だけが知っている。 戦闘中の興奮状態で呂布どのと会話が成立するのは張遼どのだけだ、と他の将に言われたことがある。 それは私も同じように興奮しているからではないだろうか。 こんなに私は貴方に似てしまった。 貴方は、振り返ってはくれないけれど私にだけは声をかけてくれる。 いつだって。 「行くぞ!遅れるな張遼!」 「はっ!」 永久に、文遠をあなたのお側に。 |