043.夜




「ゥるあ!!(巻き舌) 張遼!起きてっかゴルァ!!」

真夜中に、夏候惇が張遼の寝室のドアを蹴破った。

その声は夏候惇っていうより典韋に近いような。






月も中途半端に欠けた、特筆すべきもない夜。
夏候惇は淵と飲んで飲みすぎてめずらしく派手に酔っ払った。

大将軍ともあろうものが供もわずか二人で淵の屋敷から出て深夜の通りを歩いた。
飲んでいた淵の屋敷に泊まっても良かったはずなのに彼らの主人は勢いで席を立ってそのまま屋敷を出た。

そして何を思ったか自分の屋敷とは全くの逆方向に歩き出し。
帰宅するんじゃないのかと慌てて後を追えばよそさまの屋敷に堂々乗り込んで。
そこの門番が困惑して引き止めるのを投げ飛ばし。
供の二人を置いてさっさと勝手知ったる屋敷とばかりに最奥へと入って行ったのだった。



もちろん張遼は寝ていた。
叩き起こされた。
夏候惇にとって幸いだったのは寝起きが悪い人間ではないこと。
その酒臭さと月光の元でも真っ赤なのが分かる顔色で一瞬にして状況を把握した張遼は、上体を起こして努めて冷静に聞いた。

「…如何なされたんですか。」

「俺はァ!決めたのだ。」

夏候惇は寝台のふちに乗り上げ、勇ましく宣言するが首がすわっておらずに上半身がぐらぐら揺れている。
何をですか、と再び訊く張遼は腕組みしたまま面白い生き物と化した男を見下ろしている。
決して優しくない。優しくないぞ。

「オレはぁ、もうッ。オマエを甘やかさないことにするッ!」

ひたりと指先を張遼に据えた。
張遼はわずかに猫目を見開く。

うん?
何か最初と違う気がする。
淵のところでは何だっけ、構う?特別扱う?
降将だからって?甘やかすな?
何だっけ、忘れた。


酔っ払いが赤い顔でそれでも自身の精一杯の真剣な表情を作ってみせる。
実際のところ眉間に皺が寄った程度だったが。


底の浅い決心を鼻で笑った。

何時でもお見通しの顔だった。



 それで?
 わざわざ宣言しに来てどうなさるおつもりか?

そんな顔で次の言葉を待っていた。
ショッキングな宣言に傷つくでもなく。
ちょっと意外だな、と。
むしろ甘やかしている自覚があったのかという顔で夏候惇をしげしげと眺めている。

夏候惇としては宣言することを目的としていたわけで、それからどうこうということは元より考えていない。
大体がヨッパライの勢いなのだ。
ショックを受けた顔が見たかったのかといえば、そうでもない。
張遼の悲しい顔は大嫌いなのだから。
指差した指が勢いを失ってくにゃりと曲がった。

 …知ってる。できないなんてことは。
甘やかすことをやめることは、できないなんてことは。
それは張遼のためにじゃなくて、もう自分のために。
張遼を構わないでいられない自分のために。
今日は多分、そんな、あんまり惚れてる自分が情けないから、強がってみたかっただけ。
突きつけていた指が力を失ってまもなく。
その腕もぱたりと落ちた。


今日の張遼は機嫌がいいらしい。

「どうぞ。できるのなら。」

馬鹿にするでなく、突き放すでなく。
上っ面な男の意地などお見通しで、それでいて自分も男ゆえにそれを理解してお見通しですなどとは言わない。
ただ自然に受け止める。
そして張遼の言葉上挑戦的な返事を受けて再び酔っ払いは胸を張る。

「おう。甘やかさんぞ。
 もー甘やかさんぞ俺は。」

「はいはい。」

どうしようもない酔っ払いに張遼は苦笑した。

もう帰る気は無いのだろうと判断して、寝台の上のスペースを空ける。
しばらくしても座ったまま動かない夏候惇にやれやれと溜息をつくと逆に傍まで身を移動させ。
膝まで乗っかった片脚を引っ張り上げ靴を脱がせて寝台の上に置き。
もう片方も引っ張り上げて靴を脱がしてやった。
靴を脱がせてもらったなんて、素面の彼なら恥ずかしさと申し訳なさで腹を切りそうだが
存分に酔っ払った今日は、宣言に満足してふんぞり返って舟を漕いでいるだけ。

天下の張将軍に靴を脱がせてもらうなど夏候惇一人で。
強面の夏候将軍がべろんべろんで突撃するなど張遼一人で。

甘え甘えられ彼らは一緒に居る。
それはきっとちょうど良い関係。


「水は要りますか?」

既に水を注いだ杯を差し出されて。

おう!と受け取った。











癒し癒され。実は某様の遺品が元ネタでございます。青い字のとこ。
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