054.「お疲れ様」





「腰が痛い。」

寝台の上に寝転がり、不機嫌にそう呟いた。
腰をさすりながら同じ寝台の上に座る男にもたれかかる。
もう片方の男は。
寝台の端に腰掛けて書簡を読んでいたが、ごく近くから発せられた深い溜息に顔を振り向かせた。

「…それは、…お疲れですね、お揉みしましょうか。」

呟いたのは、張遼ではなく夏候惇。
張遼は手にしていた書簡を脇の卓子に乗せ、寄りかかる夏候惇の体を抱きとめた。
腰が痛い原因は、色っぽいハナシではなくて、彼の愛用の得物がひどく重い物だということ。

寝台の上で腰が痛い、と言うべきは、本当は張遼の役割なのだけれど。
今日のところはまだそういう行為には及んでいない。

夏候惇は頼む、と言ってうつ伏せになる。
同時に張遼が寝台の上へ全身を乗せ、夏候惇の太腿の上を跨いだ。
背から腰にかけて両手に体重をかけて押していく。

「大刀は重いですからね。」

「全くだ。戦場以外では出来るだけ持ちたくはない。」

張遼のコウ鎌刀の方が全長は長いが、それほど重くはなく、また垂直に持ち上げて構えることを必要としない。
加えて遠心力で攻撃力が得られるため騎兵でいるだけの筋力で扱うことが出来る。
馬にそんな重い物を持って乗る重い体をした騎士がいたらただの馬鹿だが。
…まあ、某赤い馬の馬力は別として。
腰と腕の力で叩きつけるように斬るのは麒麟牙の方だ。

「今日は典韋どのと手合わせをなさったそうですね。」

「ああ。」

「いかがでした?」

「彼奴の馬鹿力には敵わんな。あの斧を受け続けていると腕が痺れる。」

「では典韋どのの勝利で?」

笑みを含んだ声で問うと、

「馬鹿な。腕力で勝敗が決するとしたら今頃天下は許チョのものだ。」

急いで答えを返す。
例え何かの間違いで負けていたとしてもこの男の前で「俺のほうが弱い」などと言える訳がない。
否、「奴の方が強い」、とは。
張遼は自分で自覚しているよりもよく強い者に惹かれるのだから。
と、夏候惇は思っている。

「強すぎますか?」

押す力が、と問い、「いや、もう少し強くてもいい。」と返ってくる。

大体手合わせに勝ちも負けも厳密には存在しないのだし、という呟き。
それは半分顔が枕に埋められていてくぐもって聞きづらい。
言葉はほとんど正確に聞き取った張遼は、負けず嫌いな人だなぁとか思う。


少しのすれ違いがあるのだけれど。


いつもそんな感じで、二人はうまくいっている。



蝋燭の光がやわやわと光を供給するほの暗い房の中。
虫の声と葉が風でそよぐ音だけが聞こえる。

張遼の手は愛と治癒の祈りを込めてせっせとマッサージを続ける。
押すのに合わせて吐き出される夏候惇の息が、段々と規則正しい深呼吸に変わっていった。

「はい、おしまいです。…如何ですか?」

「…うん、大分軽くなった。」

眠りに半身浸かった状態で、夏候惇が感謝の意を伝える。
張遼が弛緩しきったその姿に軽く噴き出していると、だるそうに腕を持ち上げて手招きをしてくる。
ひざで歩いて何ですか、と言うとどうやらその手は手招きをしていたのではなく張遼を探していたらしい。
張遼の腰にたどり着いてぐっと抱き寄せた。

九割がた眠っているくせにその力は思いがけず強くて柔らかな寝台に倒れこむ。
毎日侍従によって取り替えられる敷布は今日も清潔でいい匂いがした。

「…寝るぞ。」

寝言のような口調。

「…もう寝てるじゃないですか。」

「…。」

「眼帯は?取られますか?取りますよ、いいですね。」

「…
あー。」

返事を期待もせずに一応おざなりに聞きながら勝手にその布を外す。
とっくに夏候惇は「何か言ってきてるから返事しとく」、状態。
やれやれ、と年上の男を笑った。

片眼の無い違和感のある顔も、もう見慣れたもので。
無傷な端正な顔をゆっくりと眺め、眉間に寄った皺をほぐしてやり、その眉毛と口髭を親指の腹で辿った。
そうしてやると、夏候惇はようやく安らいだ顔になる。

毎日、主君のために、国のために眉間に皺寄せてお疲れ様です。
もう何も聞いていない男に向かって心の中で呟く。
その男が眉間に皺を寄せている理由の半分が恋人に対する無駄な心配と行動の深読みしすぎであることは知らず。



「今日はお疲れ様でした。」

伸び上がって額にキスを落とし、蝋燭を吹き消した。









日常。夫婦のように自然であればいいと思います。
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