057.髪の毛




身支度を整えた夏候惇は眼帯を付け直すと布の下になってしまった髪をさらりと抜き出した。

「・・・綺麗な。」

「うん?」

振り返れば鎧こそ着てはいないものの一分の隙も無く着物を着込んだ張遼がぼうっと夏候惇を見ていた。
寒さには強いくせに厚着が好きとは変な奴だ。
思っても口には出さない。
あんまり露出されても都合がよろしくないから。

「いえ、将軍はとても綺麗な髪をしていらっしゃるなと思いまして。」

張遼はくすりと笑みその色の白い手を伸び肩にかかる髪へと伸ばす。

「そうか?」

ええ、と答えるとつまんだ髪を梳いてみたりねじってみたり弄び始めた。
夏候惇は自分の髪になど大して興味は無い。
それがどうした、という男の顔に張遼は苦笑すると彼の肩を掴みひっくり返して自分に背を向けさせる。
背中に落ちる髪を梳いてみたり両手で束ねてみたり、その感触がいたくお気に召したようで指は何度も髪の間を行き来した。

頭皮に首筋に背中に順に微かに触れる指先が妙に甘やか。

「…どこかの美男子と違って何の手入れもしておらんぞ。」

「そうですか。」

「お前の髪も面白い色合いをしていると思うが。」

「面白くてどうするんですか。こんな細いばかりの髪の毛、扱いずらくて仕様がありません。」

口調が本気で拗ねているようで、今度は夏候惇が笑ってしまった。

「いや、言い方が悪かった。お前の髪の色は綺麗だ。」

特に月光に照らされたお前の髪は何とも言えない色に光…、…その先を言うのは流石にはばかられた。

「…こんな赤い毛。」

張遼は悔しげに呟いて口を閉ざした。
機嫌を損ねてしまったかと思うが、髪を操る手付きは優しいままだ。
彼の意地っ張り具合がそろそろ癖になってきたなぁと、彼に見えないように笑む。
こんな些細なことも悔しがる彼が可愛い。

「…髪などそんなに好きか?気にしたこともない。男の髪など特に価値などあるとも思えんが。
 だがまぁ俺はお前の柔らかい髪は好きだ。俺の髪など、欲しいならくれてやっても構わんぞ、こんなもの。」

我ながら、少し庇い立てが過ぎただろうか。
だがこれは本心でもあり。
伸びるから伸ばしているだけで、邪魔なら括るか切ってしまってもいい。
気にすることも無い程度のものだ。

急に早口でしゃべった夏候惇をすぐに察した張遼は、手を止めた。
夏候惇に見えては無いが、笑んだのが気配でわかる。


「…私は好きですよ、この髪。真っ黒で真っ直ぐで柔らかくて。さらさらと私の手のひらから零れ落ちる。」


後ろを向いているのに、ついと引っ張られた感触で口付けを落とされたのだと気付いた。


好きですよ。
とは。
髪の話であるのにやたらとむず痒く、否、心が落ち着かなくなるほどに嬉しくなった。



照れ隠しに意地悪の一つでも言いたくなって ―― …、

「…アレは。」

「はい?」

「あの髭と…」

あの男の髭と俺の髪、どちらが好きだ?

問おうとしてあまりに情けないので途中で口を閉ざしたら更に情けなくなった。

 なんと馬鹿な。この俺が。

無邪気に今も髪を引っ張る誰かが絡むと急に狭量になる自分に恥。







葛藤を知ってか知らずか、張遼は笑む。

「夏候惇殿の髪より、夏候惇殿の方が好きですけれどね。」



















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