12 「ああ、私は母が中華の出だ。」 皇帝はこともなげに言った。 夏候惇は一瞬息を止め、微かにそうですか、と呟いた。 横で宰相が苦い物を噛み潰したような顔をしている。 「隠してもどうにもならん。 民も皆知っていることだ。 母は十年ほど前に亡くなったが、この度将軍達の元に派遣したのは長年母の周りに居た者達だ。 多少は換えが利くので何かあったら言って欲しい。」 とんでもない、と夏候惇は頭を下げた。 緊急事態とはいえ、王妃の世話係を借り受けたのだ。 自国では畏れ多くてうかつに命令もできない。 母君が中華の人間だったのか、それで肌が白い、と思い、同時にそれにしても、とも思う。 張遼は姫君のように白く滑らかな肌をしていた。 父がこちらの人間であるとは思えぬほど。 黒馬の群の中心にいる葦毛の馬。 だが夏候惇の考えは打ち切られた。 当の張遼の涼やかな声によって。 「話を元に戻そう。 今回そちらが犯した罪の処遇についてだ。」 夏候惇は内心眉をひそめた。 許してもらったわけではなかったのか、と。 「こ度の人死には部族間抗争と同じものと判断することにした。 よって数日のうちに決着は着くだろう。 部族間で殺人が起こった時の決着方法を?」 夏候惇は首を振る。 「殺された部族の者が殺した部族に赴き、殺された数だけ殺し返す。 その時あやまって多く殺してしまった場合は逆のことが起こり、数が等しくなるまで続く。」 唖然とした夏候惇をよそに張遼は淡々と続ける。 「殺す者は殺された者の血縁や縁者なくてもいいし、殺される者も殺された者と関係なくていい。 部族間で数があえば。 報復は夢で天啓を受けた者が個人で行う。 だいたい二、三日で天啓はあるものだし今回は距離もない。 そうだな、五日以内には決着が着くだろう。」 「そ、んな、」 「もちろん防御も抵抗もしていい。 ただしその際殺してしまうとまた殺されるべき数が増えてしまうので気を付けられよ。」 「ま、待たれよ!本当にそんな無益な殺人を犯すのを助長せよと仰せか!?」 声を荒げられて張遼の目がすっと細くなった。 「無益? よく考えられよ。 益ばかりではないか。 少数の犠牲で我らの間の諍いは遺恨なく収束する。 貴方は話し合いの席に着くことができ、主からの役目を果たすことができる。 この上何を望むというのだ。 よもやこちらに損害を与えたままで用件を飲んでもらおうなどと考えてはおられまいな?」 場に険悪な雰囲気が訪れた。 彼の怒りは国すなわち自分に傷を付けられたことによるものなのか、民を頭数で表現はしているがやはり愛しているゆえのものなのか、 夏候惇には判じかねたが、彼の言うことには一応筋が通っていた。 気概を殺がれて夏候惇は声を抑える。 「…いえ、失礼致しました。」 「…その件に決着が着くまでは正式な賓客とは認めかねる。 迎賓の儀も行わず、そなたの主よりの話も聞かぬ。 が、その後は国使としてきちんとお相手致そう。 …顔を上げられよ。 そういうことでよろしいだろうか。」 問い返す皇帝の青い瞳には、刺が消え温かいものが含まれているようだった。 夏候惇はその瞳から目を離すことができずに、顎を軽く引いただけで首肯した。 「…委細、承知致しました…。」 ふっ、と皇帝は顔の力を抜き口の端を持ち上げた。 それは夏候惇の見間違いでなければ、微笑んでいるのだ。 つり上がった眦、薄い唇が与える酷薄な印象が緩和される。 それは霧のかかった細い月のようだった。 満月のようには輝かず、知らず人を魅了する。 月が囁いた。 「では、少し遅くなったが昼食を一緒にどうだろうか。」 |