17 彼の顔がほころぶ。 彼が楽しそうに話す。 それだけのことが、少し、嬉しい。 二人は時間を忘れて話し込んだ。 口を開いている時間は夏候惇の方が圧倒的に長い。 互いに身を置く職が職ゆえ政治面には話が及ばぬようにすることが意外と難しかったが、広い国のこと、土着の昔話や近頃の流行り、 話題は尽きなかった。 二、三時間もしゃべり続けていただろうか。 『お邪魔しますよ。』 ちょうど老年の男が現れ、もう遅くなりましたのでそろそろお休みになられては如何ですか、と告げた。 宰相とは違ったが、皇帝とは懇意なのだろう、彼の地位が高いのか低いのかは知らないが、随分口調も表情も親しい。 現地の言葉ゆえ、意味はわからないが。 『普段夕食前で仕事が終わる書斎警備の者がこんな時間まで立たされているのでは可哀想ですよ。』 言われてああ、と張遼は夜空を仰いだ。 夏候惇にはできないが、張遼は星を見て時間を読むことができる。 首を巡らして戻した時に、張遼が口の端をつり上げていたのは夏候惇の見間違いだっただろうか。 『…そうか。 悪いことをしたな。 部屋を出る。 彼らにはよく言っておいてくれ。』 そう答えた口で夏候惇にも通訳する。 「将軍、もう遅い時間だ。 この部屋はもう閉めるらしい。 場所を変えよう。」 皇帝がそう言って立ち上がったので、言われるまま席を立つ。 部屋を出る際、張遼は番兵に声をかけていた。 「こちらだ、将軍。」 「は、ですがもう遅いのでしたらお休みになられたほうがよろしいでは。」 気を使えば、張遼が振り返ってしとやかに微笑む。 「いや、まだ話を聞きたいのでな。 将軍と一緒にいたい。 それとも将軍はもうお疲れだろうか。」 上目遣いに問われ、その微笑みに引かれるようにふらふらと夏候惇は後をついていく。 どうせ仕事もあるわけでなし、ましてや陛下がお誘いで、一緒にいたい、と…。 夏候惇の思考がくるくる回る。 きっと張遼の微笑みは夏候惇の脳を溶かす作用を持っているに違いない。 夏候惇は緊張感と思考力を大部分麻痺させていた。 石造りの廊下は予想以上に涼しい。 松明の明かりは少なかったが、白い壁や柱に反射して夏候惇のよく知る王宮の廊下ほどには明るかった。 先を案内する張遼の首筋が見える。 橙々色の光を反射して結い上げられた髪がさらさらと揺れ、うなじが眩しいほど白かった。 なんだか誘っているような。 そんな気さえして夏候惇はよろめいた。 さすがにもう気付いている。 自分が、この目の前の、白く美しい存在に惹かれていることを。 気の迷いだと、振り切ろうとはしていたけれど。 |